
日本語ネイティブ=日本語を教えられる?
あなたが日本語ネイティブだとします。
では、あなたは日本語を「教えられる」と思いますか?
「いやいや、普段からそんな細かいこと考えて喋ってないし、説明なんて無理」と思った人、多いのではないでしょうか。
でも一方で、「教えられると思う」と答える人も、きっといますよね。
じゃあ、ちょっと聞いてみましょう。
「は」と「が」の違い、説明できますか?
あるいは、日本語のレポートを添削して、生徒が自分の間違いを正せるように解説できますか?
自己紹介で「“私がアメリカ人です”じゃなくて、“私はアメリカ人です”だよ」と直してあげるくらいなら、たしかにできるかもしれません。
でも、それを“なぜか”まで含めて、体系的に説明できる人は、そう多くはないと思います。
日本語のレポートも、学年や目的によって難易度が変わりますが、学習者の理解を助けるような添削をしようとすれば、かなりの知識が必要になります。
「ここは変だから違うと思う」では済まないのです。
しかも、私たち自身が日本語を誤用していることもあります。
その“思い込み”のまま、間違った添削をしてしまう可能性もある。
つまり、ネイティブだからといって、それだけで「教えられる人」ではないのです。
英語ネイティブ≠英語を教えられる人
これは、英語にもそのまま当てはまります。
「英語ネイティブ=英語を教えられる人」ではありません。
むしろ、感覚で話せてしまうからこそ、学習者のつまずきや苦しみに気づけず、かえって混乱させてしまうケースもあるんです。
また、ストリートイングリッシュのように、経験ベースで英語を身につけた非ネイティブも、同様です。
その人自身の英語力が高くても、それを教えることはまったく別の能力です。
私はネイティブ講師を見るときに、その人が講師としてどれだけ訓練を受けているかをまず気にします。
日本の大手の英会話学校なら、研修等を受けている可能性が高いです。
そして、それと同じくらい学歴や専攻、本をどれくらい読む人かという点も見ています。
学習者から見ると「ネイティブはみんな同じ」に見えることがあるかもしれませんが、全くそうではありません。
これも、日本人に置き換えるとわかりやすいと思います。
日本人でも、レポートを書かせてみると、これまで母国語でどんな教育を受けてきたかが、内容や表現力にすぐ表れます。
では、非ネイティブも含めて、英語を教えてもらう相手をどう見極めればいいのでしょうか?
必要なのは、「教える側」になれる根拠の客観性
「英語の先生」を選ぶにあたって、私が大事だと思うのは、次の2点です。
• 英語を体系的に学んできた経験があること
• 教えるための訓練や実践経験があること
そして、この両方に客観的な裏付けがあることです。
「なんとなく良さそう」といった印象だけで選ぶのは危険です。
たとえば、語学試験は万能ではありません。
テクニックで乗り切れてしまう面もあります。
でも、ある一定のレベルまではむしろ、「それを間違えるなら、まだ実践では通用しないよね」とはっきりわかるように設計されています。
そして、そこを越えてさらに高スコア(4技能すべてでCEFR C1)を取っているなら、ネイティブでなくても、十分に英語の運用能力があると言えるでしょう。
(このあたりは、以前の記事「#016 TOEICはS&Wも受けるべき」でも触れました。)
誰でも「教えられる顔」をしている時代に
今は、副業ブームの影響もあり、「自分の英語学習経験を活かして稼ぎたい」という人がとても多くなっています。
オンライン英会話でも、残念ながら質に疑問が残る講師がいるのは事実です。
もちろん、どこまでお金をかけるかは人それぞれです。
でも、「自分がどのような人から学んでいるのか」くらいは、自分で見極められるようになっておくべきだと思います。
「ネイティブ=良い先生」ではありません。
「自分より英語が上手い人=教えてもらう価値がある人」でもありません。
ネイティブなら、英語という母語に対して、読解力・表現力の高い人で、教えるための訓練を受けている人。
非ネイティブなら、英語4技能の運用力が一定(CEFR C1相当)以上あり、かつ教えるための訓練を受けている人。
それが、「英語を教える立場にふさわしい人」ではないでしょうか。
私自身は、アメリカでチューターを経験したこともあり、英語での課題(小論文やレポートやスピーチ)を指導する力はそれなりにあると思うのですが、あと10点程度とは言え、CEFRでC1の基準を4技能のうち1つを満たしておりませんし、自分の感覚でも英語自体はまだまだだなと思っています。
皆さんが、英語力も指導力も信頼できる講師の方と出会えることを願っています。